見たり読んだり、なにか発見したり。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 骨組みの馬が、3人の遣い手の動きとシンクロして、完璧に「生きた馬」に変わる。
 ほぼ何もない空間が、役者自身による場面転換で馬場になり、市場になり、戦場になる。
 馬のリアリティも、映像の使い方も、役者のアンサンブルとスケール感も、
 すべてがすでに「マジック」。技術力だけで言えば、間違いなく世界最高峰の舞台だろう。 
 内容ももちろん素晴らしいが、何より、総合芸術としての地力の高さに圧倒された。
  
 第一次世界大戦時の物語。この戦争では数百万という馬が投入され多くの犠牲を出したが、
 そんな時代背景で 「ウォーホース」というタイトルそのままに、
 数奇な運命をたどった「ジョーイ」という馬と、その飼い主である青年アルバートの苦難を描く。
 そして、アルバートとともに厳しい戦局を闘う仲間たちの苦悩と悲しみ。
 21世紀になっても戦争はなくならないし、当事者たちに世界の訴えは無力なのが現実。
 それでも、戦争の悲惨さを伝える必要はあるし、8月のこの時期に
 日本でこいういう芝居が上演されるのはとても意義深いことではないか、と思う。
  
 演出で斬新だったのが、ソングマンとしてキャスティングされた人。
 この人自身には役柄がなく、物語の節目節目に朗々と歌うのだが、
 ナレーション代わりでもあり、舞台を間延びさせないための役割を担っていて、
 ミュージカルではないのに芝居と歌の垣根が低く、自由度が高い。
 そして当然、歌はめちゃくちゃパワフルで上手い。

 舞台表現の格の違いに終始圧倒されながら、
 日本でこういうのをやれる人がいるとすれば、蜷川幸雄くらいしか思い浮かばないな
 とも思った。文楽や歌舞伎、能楽などの伝統芸能は別として。

 「間」と「余韻」で芝居を味わう日本人からすると、ラストが唐突で、
 びっくりするほどあっさり終わったが、この潔さこそ、西洋の感覚かもしれない。
 余韻はないが、ストーリーそのものがダイレクトに感動する展開なので、
 久しぶりに舞台を見て鼻水が垂れました…。
スポンサーサイト
2014.08.18 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。