見たり読んだり、なにか発見したり。

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 年をとると和物に惹かれるようになる、とはよく言ったもので
 ご多分にもれず、40代になって順調にそっち方面へ進みつつある。
 着付けも陶芸も俳句も、やりたいと思うだけでまだ実現していないが、今はお手軽に
 「和テイスト」の小説や漫画(ましろのおと)、CD(初代高橋竹山)等を満喫中。

 そして、今回は人生初の文楽鑑賞。
 せっかくなら人間国宝の至芸を観たいと思い、第二部(16時開演)を選ぶ。演目は
  ・傾城反魂香(けいせいはんごんこう)~土佐将監閑居の段
  ・艶姿女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)~酒屋の段
  ・壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)~阿古屋琴責の段

 文楽の素晴らしさについては、三浦しをんさんが自著で熱く語っているが、
 彼女の愛の深さを裏切らない、とても面白くて奥の深い芸能だと思った。
 こういう世界は退屈だという向きもあろうし、実際、寝ている人もいたが
 私は見ているうちに前のめりになるわ、目がランランと冴えてくるわ、
 見た目、ちょっとへんな人になっていたかもしれない…。

 筋書きは、よーく考えればそれはちょっと無理があるのでは? という強引さもあり、
 でも、そこが面白いのだ。どんな荒唐無稽な話でも
 大夫(語り)、三味線(演奏)、人形(演者)の黄金の組み合わせにかかれば
 「壮大なエンタメ」に変身してしまう。
 文楽マジックに耽溺しつつ、ご機嫌で帰ってきました。
 この調子だと、九月公演にも足を運んでしまいそう。
 文楽の演目は基本的に「抜き」で、全段通しで上演されないことも初めて知った。
 歌舞伎同様、長年のうちに人気のある場面だけが残ったということか。

 傾城反魂香は、人間国宝・竹本住大夫の語りを堪能した。
 主人公の又平が吃音という設定で、言葉がうまく出てこないもどかしさや辛さを
 実に巧みに表現する。全然大げさじゃないのに、深く染み入るような声だ。ラストで
 奇瑞が起き又平の吃音が直ると、思わず「あ・い・う・え・お」とか発声練習したりして
 住大夫師のダミ声にのっかって、それが可笑しいのなんの。
 作者は絶対、笑わせようとしてこの場面を書いたにちがいない。
 夫又平を支える妻おとくを遣ったのが、人間国宝・吉田文雀。

 艶姿女舞衣は心中物。人間国宝・吉田蓑助が「お園のクドキ」を切々と演じる。
 浮気して子どもももうけた夫は、色恋の挙句に人殺しにまで身を落とすわけだが、
 妻のお園はそんな夫をいまだに恋い慕う。なんでそんな男がいいの? と思ったら
 話が終わってしまうので、ここはお園と一緒になって切々と悲しむ。
 人形の動きはむしろ少ないが、悲しみがにじみ出るようなたたずまいがあった。
 大夫はこちらも人間国宝・竹本源大夫。住大夫師よりもさらにいぶし銀度が高い。
 声を張ることはほとんどなく超自然体だが、気持ちいいリズムに滋味ある声。

 いちばん派手でワクワクしたのが阿古屋琴責の段。国立劇場では7年ぶりの上演だそう。
 逃亡中の主人公は登場せず(!)その恋人の阿古屋を拷問にかけ、居場所を吐かせようと
 いう場面だが、その拷問の道具がなぜか琴と三味線と胡弓。阿古屋ちゃんは次々と見事な
 演奏を見せ、そこでの人形と三味線(2人に琴・胡弓)が一体となった掛け合いがすさまじい。
 阿古屋は3人の遣い手が全員「出遣い」(顔を出して演じる)なのだが、これは演目の技量の高さに
 よるものと推測した。上手にいる三味線と、舞台中央の人形が同じ手の動きをするのだから。
 人間国宝・鶴澤寛治の三味線も当然のように素晴らしく、
 3つの弦楽器をとっかえひっかえ演奏した鶴澤寛太郎も、拍手喝采を浴びていた。

 全体を通して、三味線の音色がクリアでブレがないことに感動した。
 決して主張せず、姿勢としては大夫のサポートに徹してるのだけれど、
 盛り上がる場面では、まるで二人三脚で疾走するかのような迫力なのだ。

 ああ、細棹やりたい。雷先輩(byましろのおと)になりたい、と思った。
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2012.05.20 / Top↑
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