見たり読んだり、なにか発見したり。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 「しんゆり芸術祭2014」のプログラムの一つで、
 ともに人間国宝である友枝昭世(能)と山本東次郎(狂言)の舞台。

 過去、能楽堂に2度ほど行ったことがあるが、1000名収容の大ホールに
 しつらえられた能舞台は、さすがに広く感じる(どこから持ってきたのだろう?)
 一番大きな国立能楽堂で600名だから、能の空間は本来もっとコンパクトかつ
 客との距離が近いのだろうが、こういう機会でもないと観ない人も多いだろうから、
 これはこれで意味がある。ちなみに、この日は満席でした。

 開演前の解説が、歌人の馬場あき子さん(芸術祭顧問)。

 最初が狂言の「武悪」。約1時間の大作で、わりと笑いは少ない。
 シテの主人を山本東次郎、アドの太郎冠者を山本則俊、ワキの武悪を
 山本則重(山本家の3代)。ここでは主人がシテだが、武悪をシテと
 する解説もあるので、かっちり決まっているわけではないらしい。

 超初心者で恥ずかしい限りだが、狂言には鳴り物の類がないことを
 知らなかった。つまり、演者の身ひとつという芸能。
 台詞以外に音がないから、意識がすべて台詞に向かう→集中力がいる→
 結構な緊張感→気持ちの良い語りに神経が弛緩→睡魔が襲う。
 けっして面白くないわけではなく、でも眠くなる。

 昔、大学でとった演劇論の講師が、
 「上品な退屈さに慣れなさい」と言ってたことを思い出す。これか!(←遅い)

 後半になって、狂言らしい三者の滑稽なやりとりが増えると
 ふたたび話に集中できた。東次郎さんは今年喜寿だが、
 動きの機敏さもさることながら、口跡がはっきりしていてとても聞き取りやすい。
 いつも思うが、芸事に年齢は関係ない。というより、年齢を強みにするのが芸の道なのかも。
 
 第2部は能「八島」。屋島の浦の源平合戦にまつわる物語で
 間狂言として「語 那須」(山本東次郎)が挟まる構成。
 人間国宝競演を銘打つ以上はと、こういう形になったらしい。
 シテが友枝昭世で、前シテが漁翁、後シテが甲冑姿の源義経の霊。

 解説の馬場さんが、「八島」の見どころは戦いの虚しさを語る視点だと
 言っていた。屋島では平家が負けるが、源氏ともども大きな犠牲を払ったわけで、
 義経からすれば、勝ってなおつのる寂寥感にとらわれている。
 チラシの解説を読みながら観ていたが(ただ見ていても絶対に筋はわからん)
 話を追うのも途中でやめてしまったので、正直、その寂寥感を味わう
 ことはとてもできなかった。能の場合、狂言とちがって観るにも知識(経験)がいるし、
 今回はまず、能の雰囲気を体感しただけでよしとしよう。

 シテは面をつけるので、発声はどうしてもくぐもりがちになる。
 加えて大鼓と小鼓の合いの手がとても大きく、それがシテの語りにもバンバンかぶさる。
 シテが何を言っているのか聞こうとも、いろんなものに邪魔される(?)が
 多分それでいいのだろう。こういうことも、何度か観ればわかってくるはず。

 演目終了後、馬場さんと友枝さん、山本さんによるアフタートークもあり
 ほんとうに盛りだくさんの3時間40分だった。
 上品な退屈さにまみれて帰宅後、久しぶりに疲労で爆睡しました。

 
スポンサーサイト
2014.05.05 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://kaukau1192.blog115.fc2.com/tb.php/151-5b304912
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。