見たり読んだり、なにか発見したり。

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 震災後1ヵ月ほど、仕事以外は家にこもって刺繍などの工作物に励んだり、
 手当たりといった感じで本やマンガを読んでいた。
 BLもたくさん読んだが、さすがに飽食気味になったので
 結果的に積読本の消化に努める1ヵ月になった。

 その一冊が多田富雄「寡黙なる巨人」。日本中がダメージを受けている今、
 なにか知恵を授けてくれるんじゃないかと思いつつ読む。
 これは「死と生」を真正面から扱った鬼気迫るリハビリの記録で、
 科学者の冷静な眼差しで書かれた文体はあくまで端正なのに、
 行間から炎がめらめらと立ち上るようなエネルギーの塊に圧倒された。

 半身麻痺と言語を失う後遺症から、死を願うほどの絶望を乗り越え、
 壮絶なリハビリによって、一つの命と人間の自尊心が再生していくさまは、
 すごいとしか言いようがない。 

 受苦ということは魂を成長させるが、気を許すと人格まで破壊される。
 私はそれを本能的に免れるためにがんばっているのである。

 健康なころ無意識に暮らしていたころと比べて、
 今のほうがもっと生きているという実感を持っていることに気づく。
 

 なかなかこうは言えないだろう。
 この強さを前にすると、被災者でもない自分が途方に暮れていることが恥ずかしい。 
 
 その多田さんは言葉を取り戻すためのリハビリに接し、
 日本の言語療法(ST)が、スキル的にも人材的にも不十分であることを指摘する。
 専門家に任せればなんとかなるはず、と私たちは当然期待するが、
 その専門家がきわめて少なく、しかも十分な技術を持っていないとしたら。
 時間とカネをかけて人材を育てる必要性は明らかだが……
  
 重篤な病気や今回のような災害に直面し、「こうしたい、こうしてほしい」という声が
 病院や行政に届かないことに、黙って耐えている人も多いだろう。
 制度に訴えることは基本としても、民間で何ができるか考えることも必要じゃないか。
 お上に頼る限界について考えざるをえない今回、ますますそう思います。
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2011.04.26 / Top↑
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