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 コーエン兄弟監督の最新作は、チャールズ・ポーティス原作の西部劇。
 1969年にジョン・ウェイン主演で「勇気ある追跡」として映画化されている。
 こちらは未見だが、主要人物の一人が銃撃戦で死んでしまうらしい(byぴあシネマクラブ)。

 西部劇は時代劇と同じく勧善懲悪が基本だが、単純にそう言いきれない話というか、
 追う者も追われる者も死と隣り合わせで、対決=大団円とならない話のほうが
 個人的には印象にのこっている。
 無法者の挑戦と死にざまを描いた「ワイルドバンチ」しかり、
 善悪の対立があいまいで、復讐の結果がカタルシスにならない「許されざる者」しかり。

 ならず者に父を殺された14歳の少女マティは、
 犯人を捕らえ復讐するために、酔いどれ保安官コグバーンを雇う。
 トゥルー・グリットとは“真の勇気”で、もともとコグバーンを評した言葉として出てきたもの。
 このコグバーンとマティ、そして同じく犯人を追うテキサスレンジャーのラビーフの3人が
 無法者一味を追いかけ、彼らと対決するというストーリーだが、
 マティが本懐を遂げることが物語の終わりではない。
 その先も、人生はつづくのだ。
 
 そのつづいた先で、
 39歳になったマティ(復讐劇の過程でヘビに噛まれたため片手を失っている)は
 美人に成長することもなく、今も独身で、少女時代と同じく無愛想のまま。
 コグバーンは保安官を辞めたあと旅芸人の一座に入り、マティとは手紙をやり取りするのみ、
 またラビーフも行方が知れない。
 余計なお世話とは知りつつ、マティの人生は幸せだったのかという思いがよぎったが、
 コグバーンのことを思い出し、語るラストシーンではたと思った。
 彼女はあの旅で精神的に大きく成長し、自ら「トゥルー・グリット」を得た。
 本懐を遂げて幸せだったにちがいない。

 J・ブリッジズは今回もグダグダな酒飲みだった。マティの引き立て役だとか、
 ジョン・ウェインに比べて「コグバーンになろうと努力しているよう」(沢木耕太郎)とか
 いろいろ言われてますが、私的にはあの立ち位置がよかった。
 ジョシュ・ブローリンの役も、見せ場があるんだかないんだかよくわからなくて
 面白かった。こういうのも、「コーエン組」の醍醐味か。
 西部劇や時代劇の昔でなく21世紀の現代も
 悪人(犯罪者)をしかるべき立場の者が殺害することは行われている。
 これも当事者にとっては「正義」かもしれないが、
 現実には「目には目を歯には歯を」で解決できることはほとんど存在しないし、
 憎悪がエスカレートするなかで殺し合いの連鎖を断ち切ることは難しい。

 と、これは映画を観た数日後に報じられたビンラディン殺害に接して感じたこと。

 丸腰の人間を撃った理由はわからないが、
 義憤にかられたのだろうか。
 そして、報復テロは起きるのか。
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2011.05.06 / Top↑
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